2022.01.20
2021年 お寺の掲示板の振り返り-後半
それでは引き続きまして、、
「2021年度も好評頂き ありがとうございました!!」の
「大徳寺 お寺の掲示板振り返り」の後半です。
今回は2021年の7月から12月までの掲示板をご紹介したいと思います。
(前半はこちら)
“幸せは途切れながらも 続くのです ”
#スピッツ – #スピカ より
この世のあらゆる物事は諸行無常(しょぎょうむじょう)といい、
常に変化し続けていて、永遠ということありません。
人生、良い事ばかり続きませんが、
逆に 悪い事ばかりも続くわけではありません。
悪い事が続いている時も、それは幸せが途切れてるだけ。
また幸せを感じれる日も来るのでしょう。
また、途切れ途切れの幸せだからこそ、その有難さを感じる事ができるのかもしれませんね。
諸行無常を感じながら、
どんな事が起こっても、それを受け止める心持ちも大切にしたいものです。
合掌
#毎月更新 #フォローお気軽に #お寺の掲示板 #富山 #魚津市 #慈興院大徳寺
“10000回だめで へとへとになっても
10001回目は 何か 変わるかもしれない ”
#ドリカム – #何度でも より
花は、いきなり咲くわけではありません。
一粒の種がはじまりとなり、
大地や与えられた水・お日様の光など
様々な条件(縁)が重なってこそ、花が咲くわけです。
つまり 花というのは、水やお日様の光という縁がなければ咲かないんですよね。
私たち人間が何かに挑戦する時もまた縁が整わなければ
10000回でもうまくいかないんだなぁと感じます。
でも、それだけうまくいかなくても、
10000通りの学びもまた大切な経験であり、
縁なのではないでしょうか。
その経験を元に10001回目は
何かが 変わるのかもしれません。
だけれども、まずはそのような挑戦を繰り返す事のできる自分の環境を、
そして、その環境を支えてくれている周囲の方達に感謝の心をもって
日々 生きていく事が何より大切なのだろうと感じます。
(東京オリンピックにて、アスリート達のインタビューを観ていて そのように感じた次第です。)
合掌
#毎月更新 #フォローお気軽に #お寺の掲示板 #富山 #魚津市 #慈興院大徳寺
“誰だって悩んで 誤魔化して笑って
生きていれば綺麗なままじゃ無理で”
#wanima – #旅立ちの前に より
人間には煩悩という、
苦しみの元になるものがありますが、
親鸞聖人は「煩悩具足の凡夫」という言葉で
“人間は煩悩の塊である”といわれました。
昔ポカリのCMで
“人の身体の半分以上は水でできている”とありましたが、
これに真似ると
“人の身体のすべては煩悩でできている”という事になります。
そう考えると煩悩って切り離せる訳ではないんですよね。
大切なのは煩悩が”自分の中に在る”のを知る事。
他者の失敗も自分と重ね合わせることで寛容に受け止めることが出来る。
私も煩悩で苦しむ人間、あの人も煩悩で苦しむ人間。
その事を受け止め、
お互いが時には支えあいながら
生きていく事が大切なのだと感じます
合掌
#毎月更新 #フォローお気軽に #お寺の掲示板 #富山 #魚津市 #慈興院大徳寺
“嘘の自分で好かれるよりも
ホントの自分で嫌われよう”
#フレデリック – #スキライズム より
人は誰でも自分の事を認めてほしいと思うのではないでしょうか。
だから自分を良く見せようと、偽りの自分を演じ続けてしまう事もあるかもしれません。
しかし、誰からも「嫌われたくない」「良い人に見られたい」と思うがあまり
自分を偽り続ける事は
ストレスも溜まり、
ホントの自分を受け入れてくれる人との出会いも遠ざけ、
尚更 生きづらさに繋がるように感じます。
どんな好感度の高い芸能人でも 決まってアンチは存在しますし、
はるか昔、生前のお釈迦様にもアンチが存在しました。
すべての人に好かれるという事は”ありえない”事なのでしょう。
人から好かれれば嬉しくなりますし、人から嫌われれば悲しくなりますが、
いかなる状況にあっても”平常心”を保てる事が大事なのだと思います。
ホントの自分で嫌われたとしても、心を穏やかにして日々過ごしたいものですね
合掌
#毎月更新 #フォローお気軽に #お寺の掲示板 #富山 #魚津市 #慈興院大徳寺
“泣けば良い 誰より笑えば良い“
#Alexandros – #starrrrrrr より
先日、小学校の運動会で
かけっこに負けて悔し涙を流す子を見ました。
彼にとっては”本気で挑んだ勝負だからこその涙”だったのでしょう。
大人になってくると、
涙を堪える事も多くなってくるように感じますが、
悔しい・辛いという感情を思いっきり吐き出して
その後に引きづらない事も大切なのだと感じます。
泣きたい時は”泣けば良い”
辛い事があるのは何より頑張っている証拠。
“うまくできなかった”自分を悲観視せず、
そっと受け止めてあげたいものです。
そして、”誰より笑えば良い”
仏教では”穏やかな笑顔で人に接する行為”を
和顔施(わげんせ)と呼びます。
これは、相手が笑っていると、
こちらも自然と笑顔になるものであり、
まずは自分から穏やかな笑顔で
人に接するように心がけることで、
自分自身はもちろん、周囲にも
和やかであたたかい雰囲気が生まれてくると言われています。
辛い時・心に余裕がない時には
なかなかできる事ではありませんが、
これに心がけることで
自然と心に余白も生まれていくのかもしれませんね。
忘れないよう精進したいものです。
合掌
#和顔愛語 #アレキサンドロス
今月は、、
“遠回りくらいが 丁度いい“
#humpback – 拝啓、少年よ より
もう少しで2021年が終わろうとしています。
今年は皆様にとって、どのような年でしたでしょうか。
一年を振り返ってみても、
何一つ失敗もなく、すべてがうまくいったという事は、
まずあり得ない事だと思います。
“遠回りくらいが 丁度いい”
この言葉を聞くと、
元プロ野球選手のイチロー氏が引退会見で
「間違ったことを続けてしまっている事もある。
でも、そうやって遠回りすることでしか、
本当の自分に出会えない気がする」と
言われていた事を思い出します。
なかなか結果がでなかったり、
人と比べて うまくいっていないと感じれば
心折れそうになるかもしれませんが、
大切なのは 自分が目標に向かって歩めているかという事だと思います。
目標に向かう その道のりは誰にもわかりませんし、人それぞれです。
もしかしたら、遠回りに感じた その道のりが
やがて”実は近道だった”と思えるようになるかもしれませんね。
なにより遠回りの中から得た経験や学びこそが、
わたしたちの人生に深みを増してくれるのだと感じます。
🙏合掌🙏
私(住職)自身は、学生時代からいろいろと音楽に関わってきた経験がありました。
そして、社会人となってから、苦しい事や悩み事があった時、たくさん音楽に救われました。
そして、今、住職の立場になって仏教と向き合っても音楽というフィルターを通して、
教えを受け止めている事もあります。
「仏教は、人生を生きやすくするために、ブッダが作った薬だ」といっている人がいるのですが、
音楽も、その歌詞も、私たちの人生を生きやすくする薬の要素があるように私は感じています。
今、疲れている人、悩みや苦しみを持っている人の気持ちを少しでも和らげる一助となればと思って、
心に響く歌詞や言葉を掲載したのが「大徳寺のお寺の掲示板」のきっかけです。
この掲示板にて、”気持ちが少しでも楽になったり”、
”疲れていた気持ちを少しでも切り替えるきっかけ”になる方がいてくだされば幸い思います。
合掌
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