2016.09.15

楽しく生きる!キングコング西野さん「反撃」とブッダの言葉から学ぶ人生の教訓とは?

「あなたは楽しく生きていますか?」

そう質問されて、
「はい!」と答える人と
答えられない人、
その違いはなんでしょう。

私たちの日常において
悩みの多くが人間関係によるモノだと思います。

「あの人、私の事が嫌いなんじゃ、、」
「あの人が嫌い。なんであの人ばかり、、」
「あの人には、成功して欲しくない、、」

こんな事、考えた事ないでしょうか?

こんな事考えてたんじゃ、楽しくありません。

人はさまざまな生きづらさを持ちながら人生を歩んでいます。

そんな中で楽しく生きるためにはどうしたらいいのでしょう。

ブッダの残した言葉

仏教の原始仏典「ダンマパダ」
こんなブッダの言葉があります。

第15章 楽
197
怨みをいだいている人々の間にあって怨むこと無く、我らは大いに楽 しく生きよう。
怨みをもっている人々の間にあって怨むこと無く、我らは暮していこう。

198
悩める人々の間にあって、悩み無く、大いに楽しく生きよう。悩める 人々の間にあって、悩み無く暮そう。

(ブッダの真理の言葉感興の言葉 中村元訳 岩波書店)

人生は一度きり。

そう。当たり前の事。

当たり前の事ですが、
人生で持てる時間は限られています。

その大切な時間を過ごす中、
他人のすることに気を取られていては、
自分のなすべきことを見失ってしまう。

「あの人に怨まれているのではないか?」
そう心配して、何も手につかず過ごしていても

「まあ、いいか。考えていてもしょうがない」
と、過ごしていても同じく時間が過ぎていきます。

だったら楽しくいきよう。
人の目を気にすることなく、人の人生を生きる事なく。

これが、ブッダの教えです。

芸能人ブログから学ぶ

先日、このブッダの教えを深く痛感させてくれるブログ記事を発見しました。

それは、
キングコング西野さんのブログの「反撃ですよ。」という記事

http://lineblog.me/nishino/archives/6851025.html

僕は、他の誰かになりたいわけではありません。
他の誰かの人生ではなく、僕の人生を生きています。

 

嬉々として僕を叩いていた方々には誠に残念なお知らせですが、
皆様が面白がって、散々っぱら僕を叩いて、僕に時間を使っていた間、
僕は皆様には1秒も時間を使っておらず、僕は僕に時間を使い続けました。

痛感し、痛快です。

怨みというギフトを受け取らない。

受け取らないから、自分でいる事ができる。
受け取らないから、自分の時間に集中できる。

そして、楽しく生きられる。

 

人生は一度きり。

当たり前の事ですが、その人生の中で
持てる時間は限られています。

その大切な時間を過ごす中、
他人のすることに気を取られていては、
自分のなすべきことを見失ってしまう。

「あの人に怨まれているのではないか?」
そう心配して、何も手につかず過ごしていても

「まあ、いいか。考えていてもしょうがない」
と、過ごしていても同じく時間が過ぎていきます。

だったら楽しくいきよう。

人に時間を使うのではなく
自分自身に使いたいモノ。
なぜなら私達は自分の人生をいきているから。

自分は変えれても、
他人は変えることができない。

言い換えると、

他人は変えることができないが、
自分は変えることができる。

身にしみる西野さんとブッダの言葉でした。

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